「屁放き爺さん美女捜しのお噺」
ー女の美とする処は歳に応じてー
寝惚け旅、巻二
女神「アフロデイーテ」賛歌
美女の美は黄金比に基づく
「戦国策」を編纂した有名な西漢{前漢}の歴史家劉向は、彼の著書「烈女伝」に述べる。”女性の美しさや艶やかさ、恋愛は年齢によらず”と。此の語は中国春秋時代の絶世の美女夏姫を讃え??て述べた一言である。詳しく紹介すると・・・。
"陳公の女夏姫は其の状、美好にして匹無く、内の技術を挟む。蓋し、老いてまた壮なる者なり。三たび王后と為り、七たび夫人と為る。公侯之を争ふ者を迷惑とし、失意せざる莫し”と。つまり、"多くの男を相手にし、其の目合いの技{セックス技術?}は素晴らしく、美麗さは類を見ない。老いても其の美しさを維持し、情交は衰えなかった。言い寄る男共には迷惑とも思わずに応じ、彼等に失望を与えなかった”と華麗なる男性遍歴を述べる。
某下着メーカーの推定ではバストはEカップで在るとか。 更に、他のギリシャ彫刻やルネサンス時代に描かれた画や彫られた彫刻に採用されている黄金比が、アフロデイテ像にも使われていて、此が彼女を最高の美女、美の女神と為す処と云われる。つまり、「像高」を一とすると「臍から踵」は〇・六一八、「頭から臍」対「臍から踵」は五対八、「乳の幅」対「腰の幅」も五対八で在る。つまり。黄金比に沿っていると云う。
黄金比によって白色輝く大理石に彫り出された美と愛の女神様の、目映い美しさに眼を奪われた男性が多い。大学生時代で在った筆者も遙かパリのルーブル美術館から京都市美術館にお出まし下さった愛と美の女神様を見上げて嘆息を漏らした事を思い出す ついでに付け加えると、「屁放き爺さんエロ話」輯の第三巻「神殿売春」の項に詳しく述べたが、古代メソポタミアからエジプト、ギリシャ等の地方では豊穣を願って「神殿売春」という風習が存在したと云う。此はギリシャの歴史家ヘロドトスの著書「歴史」中に記載される処で在る。美と愛の女神アフロデイテも彼女の神殿に豊穣を願う神として、バビロニア王国の女神ミュリッタがギリシャに引っ越してきて生み出された女神で在ったと思われる。彼女の神殿でも「豊穣と多産」を願った愛の饗宴が営まれたので在ったろうか。
パリのルーブル美術館に佇まれるミロス島のアフロデイテ像を学術的に測量してみると・・・。
愛と美の女神様は、胸部は二十歳代の女性、腹部は四十歳代、臀部は五十歳代の身形が映し出されて居る。つまり、女性の身体各部が最高の美を醸し出す年齢を適合させた女性像が大理石に彫り込まれ、女神様を創り出したと云う。
若年、熟年は女性美を決定する要因には為り得ない。美女を形創る年齢は、若い・・熟年・・等の年齢は無いので在る。